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京都地方裁判所 昭和58年(ワ)1772号 判決 1984年10月30日

原告

谷口信嘉

被告

谷口英之

ほか一名

主文

一  被告らは原告に対し各自金一八四万七八七六円及びこれに対する昭和五八年一〇月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金四三五万〇四一〇円及びこれに対する昭和五八年一〇月二二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

左記交通事故(以下本件事故という。)が発生した。

(一) 日時 昭和五八年三月一九日午後〇時頃

(二) 場所 京都市上京区天神道通今出川上ル市道天神通道路上

(三) 態様 被告谷口運転の普通乗用自動車(京五五わ二八九二、以下加害車という。)が、前記場所に停車中の原告運転の普通乗用自動車(京五八さ五九四七、以下原告車という。)に追突した。

2  責任原因

(一) 不法行為責任

被告谷口は、加害車を運転するに際し、前方を注視して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と進行した過失により、本件事故を発生させた。

(二) 使用者責任

被告ニツポンレンタカー京都株式会社(以下被告会社という。)は被告谷口を使用し、同被告が加害車を運転し被告会社の業務を執行中前記のような過失により本件事故を発生させた。

3  損害

(一) 本件事故と因果関係を有する受傷等

(1) 受傷 頸椎捻挫

(2) 通院 本件事故当日より昭和五八年九月三〇日まで実日数一五四日

(3) 後遺症 頸椎捻挫(なお後遺障害別等級表一二級に該当する。)

(二) 原告の損害額

(1) 通院交通費 一一万七〇四〇円

自宅より病院まで、バス、電車代として一日あたり七六〇円を要した。

760×154=11万7040

(2) 休業損害 二二三万七四四〇円

原告は、本件事故当時四八歳で建設業を営んでいたが、前記受傷のため、本件事故当日から昭和五八年九月三〇日までの間、休業を余儀なくされた。

(3) 後遺症による逸失利益 二五六万三二七〇円

年収 四一九万五二〇〇円

労働能力喪失率 一四%

労働能力喪失期間 五年

ホフマン係数 四・三六四三

419万5200×0.14×4.3643≒256万3270

(4) 受傷による慰藉料 五五万円

(5) 後遺症による慰藉料 一六七万円

(6) 雑費 九三六〇円

原告は本件事故に関し診断書代及び健康保険手続交通費等として合計九三六〇円を負担した。

(7) 損害の填補 三二九万六七〇〇円

原告は、被告らより三万円を、自賠責保険より三二六万六七〇〇円を受領した。

(8) 弁護士費用 五〇万円

4  よつて、原告は被告ら各自に対し金四三五万〇四一〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五八年一〇月二二日から支払済みに至るまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1及び2の各事実はいずれも認める。

2  同3のうち、(一)(1)(2)の事実は不知、(二)(7)の事実は認め、その余は争う。

3  なお、本件事故の衝突時の衝撃程度は僅かなものであつて、通常ならば原告の現症状をもたらすものではなかつた。それにもかかわらず、原告の現症状が生じたのは、原告は昭和四六年に交通事故にあつて、頸椎を損傷し、その治療のために第五、第六頸椎と第六、第七頸椎の間の軟骨を摘出して骨盤の骨移植を行い、脊椎を固定した(前方固定)が、これにより第五、第六、第七頸椎が一個の塊椎になつたことから、頸椎を固定した上部の第四、第五頸椎の間に荷重がかかり、経年、加齢によつて第四、第五頸椎間に抵抗減弱状態が生じていたためである。このような事情のもとにあつては、原告の現症状と本件事故との間には相当因果関係はないというべきである。

仮に法的因果関係が認められるとしても、本件事故の原告の現症状に対する寄与度は精々一割程度にすぎないから、原告の損害につき右の割合でしか被告らは責任を負わない。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生及び責任

請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

従つて被告谷口英之は民法七〇九条に基づき、被告会社は同法七一五条に基づきそれぞれ原告が本件事故により受けた損害を賠償すべき責任がある。

二  損害

1  原告の傷害等

いずれも成立に争いのない甲第一ないし第三号証、原本の存在とその成立について争いのない甲第六号証、証人安立良治の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、本件事故当日の昭和五八年三月一九日医療法人シミズ病院に通院し、外傷性頸部症候群と診断され、湿布、投薬による治療を受けたこと、その後原告は同月二二日から同年九月三〇日まで安立病院に通院(実日数一五三日)し、同病院では頸部捻挫と診断され、理学療法、薬物療法による治療を受けたこと、同病院では原告には自覚症状として、頭部痛、項部痛、頸部痛や手のしびれ感などが、他覚症状として、頸椎の運動障害、首の筋肉の張り、第四、第五頸椎間の不安定などの所見が存したこと、原告の右症状は第四、第五頸椎の不安定に基因する頸部神経根症状であるが、治癒することなく同年九月三〇日固定したことが認められる。

2  因果関係

被告らは、原告の右傷害(右症状を含む)と本件事故との因果関係を争うので、この点につき判断する。

(一)  衝突の程度

いずれも原本の存在とその成立に争いのない甲第八号証、第一六、第一七号証、弁論の全趣旨により被告主張の写真であることが認められる検乙第一号証(但し撮影対象については当事者間に争いがない。)並びに原告及び被告谷口各本人尋問の結果によれば、被告谷口の運転する加害車は、信号待ちのために、同じく信号待ちのため停車していた原告運転の原告車の後方に約一メートルの間隔をとつて停車したが、その際被告谷口は加害車の床に落した金銭を拾おうとして、ブレーキペタルを踏んでいた足を誤つて離してしまつたため、加害車が発進し(時速約二、三キロメートル)、加害車の右前部バンパーが原告車の右後部バンパーに衝突したこと、被告谷口は直ちにブレーキを踏み原告車に接触した状態で加害車は停止したこと、その結果、原告車の後部バンパーに多少歪みが生じたが、加害車の前部バンパーはほとんど損傷はなくこれを取り替える必要もなかつたうえ、被告谷口は格別傷害を負つてもいないことが認められる。

(二)  原告の既応症

前掲甲第六号証並びに証人安立良治の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四六年頃交通事故(追突事故)にあい頸椎を相当損傷し、その治療のため、その頃、安立病院で第五、第六頸椎の間と、第六、第七頸椎の間の軟骨を摘出し、そこへ骨盤の骨の移植を行なつて脊椎(第五ないし第七頸椎)を固定するという手術(前方固定術)を受けたこと、原告は右手術後本件事故当日に至るまで格別身体に変調を来たしたことはなかつたこと、一般に右のような前方固定術を行なうと、固定した上部の第四、第五頸椎の間に負担がかかり、経年と加齢によつて次第に第四、第五頸椎間に抵抗減弱の状態が生じ、そこに軽い衝撃が加わつた場合でもその不安定性のため通常人には起らない神経根症状等が発現し易いことが認められる。

(三)  右事実によると、本件事故の衝突の程度そのものは比較的軽微であつて、通常人に強度の傷害を与える程のものではなかつたといえるが、原告は本件事故前格別身体の変調はなく本件事故によつて身体の変調を来たし、以後の症状に至つたといえるから、本件事故が右症状発現の契機となつたものということができる。

もつとも原告は、本件事故前から第四、第五頸椎間の抵抗減弱な状態にあつたところ、その体質を基盤とし、本件事故による頸部への衝撃が直接の契機となつて、頸部の損傷が誘発ないし増悪され、その結果頸部神経根症状が著明化したものと推認することができる。

このように、傷害が、被害者自身の帯有する持病ないし体質を基盤とし、事故が契機となつて発生した場合、損害の公平な分担という見地から傷害による損害の全部を事故による損害とすべきではなく、傷害に対する双方の寄与の程度を勘案して事故の寄与している限度において相当因果関係が存するものとして、その限度で加害者に賠償させるのが相当である。この見地に立脚して本件をみると、以上認定の諸事情に照らし、原告の全損害のうち七割の限度において本件事故と相当因果関係を肯定するのが相当である。

3  損害額

(一)  通院交通費

原告本人尋問の結果によれば、医療法人シミズ病院への通院費(バス代)は、少くとも片道一〇〇円であり、安立病院への通院費(バス、電車代)は、片道三八〇円であることが認められる。そして前記認定の事実によれば、通院日数は、医療法人シミズ病院につき一日、安立病院につき一五三日であるから、通院交通費は次のとおり合計一一万六四八〇円となる。

(100+380×153)×2=11万6480

(二)  休業損害

原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時満四八歳で建設を業とする総合建設産業株式会社の代表取締役であつたが、本件事故による前記傷害のため、本件事故当日から同年九月三〇日までの間、休業を余儀なくされたことが認められる。ところで原告の収入は証拠上確定し難いが、少なくとも昭和五七年賃金センサス第一巻第一表産業計男子労働者学歴計四五ないし四九歳の平均月間給与額三〇万二六〇〇円、年間賞与その他特別給与額一一四万九七〇〇円の収入を得ることができたものと推認されるので、これを基礎に原告の休業損害を算定すると次のとおり二五五万七五二三円となる。

(30万2600+114万9700/12)×13/31+(30万2600+114万9700/12)×6=255万7523

(1円未満切捨、以下同じ)

(三)  後遺症による逸失利益

前記認定の後遺症の内容程度等に鑑みると、原告は症状固定日の翌日以降四年間労働能力の一四パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

そして原告は本件事故にあわなければその間前記程度の収入を得ることができたものと推認されるので、右金額を基礎とし前記労働能力喪失割合を乗じ新ホフマン式計算法に従い中間利息を控除して原告の本件事故当時の逸失利益の現価を求めると次のとおり二三八万五六七八円となる。

(30万2600×12+114万9700)×0.14×3.5643≒238万5678

(四)  慰藉料

前記認定の本件事故の態様、受傷の程度、通院期間、後遺症の内容程度、その他諸般の事情を考慮すると、原告の本件事故により受けた精神的苦痛に対する慰藉料の額は二〇〇万円とするのが相当である。

(五)  雑費

成立に争いのない甲第七号証の一ないし四並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故による受傷及び後遺症を証明する診断書及び診療明細書の発行をしてもらうために合計一万二〇〇〇円の支出をしていることが認められるが、そのうち本件事故と相当因果関係ある額は四〇〇〇円と認める。その余の原告主張の雑費を認めるに足る証拠はない。

(六)  原告の総損害額

右(一)ないし(五)を合計すると七〇六万三六八一円となる。

(七)  本件事故と相当因果関係の範囲内にある原告の損害額

前記のとおり、原告の総損害額の七割であるから、四九四万四五七六円となる。

(八)  損害の填補

原告が被告らから三万円及び自賠責保険より三二六万六七〇〇円、合計三二九万六七〇〇円を受領していることは当事者間に争いがないのでこれを控除すると残損害額は一六四万七八七六円となる。

(九)  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起追行を原告訴訟代理人に委任し相当額の報酬の支払を約していることは弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の内容、訴訟の経過、認容額等に鑑みると、原告の求め得る弁護士費用の額は二〇万円と認める。

三  よつて、原告の本訴請求は被告ら各自に対し一八四万七八七六円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五八年一〇月二二日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容しその余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用し、なお仮執行免脱宣言の申立については相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山邦和)

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